気づけば、親の“変化”は日常の中にそっと紛れ込んでいました。
料理の味が少しずつ変わり、買い物の仕方が以前とは違ってきて、
「あれ?」と思う瞬間が増えていく。
それは大きな出来事ではないけれど、確かに始まっていた“ゆる介護”のサイン。
スープの冷めない距離の介護と、ゆるく変わっていく日常
料理上手の義母
少し前までは、義母は毎日のようにごはんを作ってくれていました。 天ぷらを揚げたり、煮ものをコトコト煮たり、味噌汁の味も安定していたし、 「やっぱり長年の味だよね」と思えるような、安心する家庭の味でした。
でも、いつの間にかその味が少しずつ変わってきて、 しょっぱかったり、妙に甘かったり、味が日によってバラバラになってきて…。
極めつけは、砂糖と塩を間違えて卵焼きを作った日。 「これ、ドラマの中だけの話じゃなかったんだ…」と、妙にリアルに感じた瞬間でした。
一緒に買い物へ行って気づいた価値観の違い
お買い物
料理の味の変化に気づいてから、買い物も一緒に行くようになりました。 そこでさらに驚くことが増えていきます。
まず、値段を見ない。 和菓子を2つ3つ、ためらいなくカゴに入れる。 調味料や卵も、広告の品でもないのに普通に買う。
こちらとしては、 「え、ちょっと待って、それ定価だよ…?」 と心の中でツッコミを入れつつ、 本人はまったく気にしていない様子。
田舎のスーパーは、意外と安売りが多いんです。 砂糖やしょうゆが150円、ケチャップやマヨネーズ、油が198円なんてこともよくある。 だからこそ、定価を見ると倍くらいしていて、思わず目が飛び出そうになる。
節約したい私は介護とはちがうストレスが
生活費は別だから、本人が買う分には問題ないのだけど、 やっぱり「もったいないなぁ…」という気持ちはどうしても湧いてきます。
むしろ、 「安いときに買い置きしてあるから、私から買って〜!」 と心の中で叫びたくなるほど。
結果先回りで安売りの時に買って渡すようにしました。(お金は取ってませんよー)
できなくなったことより、“今できること”を見る
突然ではない
介護って、突然始まるものではなくて、
本当に少しずつ、静かに始まっていくんだなと感じています。
最初は、
「味が変わった?」
「なんでこんな高いもの買うんだろう?」
そんな小さな違和感ばかり。
でも、その変化を責めたり、無理に正そうとすると、
お互いしんどくなってしまう。
だから最近は、
“できなくなったこと”より、
“まだできること”を大切にしたいと思うようになりました。
一緒に買い物へ行く。
安い日に買って渡しておく。
危ないことだけ、そっと先回りする。
それくらいの距離感が、今のわが家にはちょうどいいのかもしれません。
ゆる介護は、家族みんなのペースで
介護しなきゃと一人で悩まず
「全部支えなきゃ」
「ちゃんとやらなきゃ」
と思ってしまいがち。
でも実際は、頑張りすぎると続きません。
だからこそ、
頼れるサービスは頼る。
手を抜けるところは抜く。
そして、家族も自分の生活を大事にする。
近すぎず遠すぎず、
無理なく続けられる距離なのかもしれません。
これからも、変化を受け止めながら、
ゆるく、でもちゃんと見守っていけたらと思っています。
